アートプロジェクト「修復のモニュメント」では

元ひきこもりの現代美術家・渡辺篤と

共同制作を行ってくれる方を募集します。

ひきこもり当事者らと対面型の共同作品制作を行い、

対話の声や作品を展覧会を通して社会に発信したい。

 

(2019.08.10公開)

photo: Keisuke Inoue


 

<修復のモニュメント>とは

 ひきこもりの当事者それぞれにとっての怒り、とらわれ、遺恨、悲しみ、抑圧などの感情に関する造形物(ここでは「モニュメント」と言います)を美術家・渡辺篤が コンクリート製で制作し、それをテーブルで対面する両者が共に一旦ハンマーで破壊します。

 その後、 陶芸の伝統的な修復技法「金継ぎ(きんつぎ)」を引用し、両者で修復を進めます。これは負の記憶の認識の更新を目指す意味があります。その際、モニュメントにまつわる事情やひきこもった経緯や言えなかった思いなどについてお話しいただきます。渡辺からも自身の過去のひきこもり経験などについて話し、互いに対話していきます。

Photo: Daichi Takahashi

 昨今、精神疾患やひきこもりへのケアなどの現場で注目されている「オープン・ダイアローグ」をはじめとして、見過ごされてきた声の発露は当事者自身にとって、そして社会にとっても重要視されています。今回は作品制作の場をきっかけとし対話を行っていきます。

Photo: Daichi Takahashi

 そして、今回用いる修復技法の「金継ぎ」は、壊れて用途を果たさなくなってしまった器などを、敢えてひび割れ部分を金で装飾しながら修復する手法です。ここには、壊れてしまった経緯や傷も含めて慈しむ思想が込められているとも言えます。また、これはトラウマケアにおける「リカバリー」とも繋がります。リカバリーとは“回復”を意味 しますが、「元あった状態に戻す」のではなく、「困難な状況も受け入れ肯定しながら今の状態で上手に適応していく(元通りを目指すわけではない)」 といったニュアンスの意味であると考えてます(ピーター・A・ラヴィーン著「トラウマと記憶」ではトラウマケアと金継ぎの背後にある精神性の関連が指摘されています)

 今回の場合での金継ぎの意味には、負の記憶を「再構築する」他に、「塗り替える」、「うまく間合いを図る」、「共存する」などの捉え方の可能性があると思います。それぞれの共同制作者との対話の中でそうした考え方も決めていきたいと考えています。

 制作の経緯については天井からビデオ撮影し、映像作品となります。応募の中から選考させていただいた約5名の1 人ずつとこの制作工程を行い、 完成した造形物と映像を、来年2月末頃に行う予定の展覧会で発表する予定です。

 また、対話の内容や作品図版などは今後、渡辺篤の他の展覧会での発表や書籍出版などの可能性があります。

 


 

<応募にあたり>

  • 募集対象者は「ひきこもり当事者」だけに限定しません。「ひきこもり経験者」、「ひきこもりを持つ家族」、「支援者」でも構いません。
  • 美術制作の経験は全く無くても構いません。
  • 個人を特定できる情報は公開せぬように進めますが、そのリスクを完全にゼロには出来ない事。また本作品は、参加することが即時的なひきこもり状態の解決を目指すものではない事をご了承ください。
  • 社会への当事者事情の周知を広げていくことや、当事者自身の認知更新に役立てていただければというねらいがあります。
  • 体調面などでの不安がある方は慎重にご検討ください(ひきこもり当事者の場合、ある程度外出も出来る状態が前提にあるといいかと思います)。
  • 全国どこからの応募でも構いません。
  • 基本軸となるプロジェクトのコンセプトは渡辺篤が考えたものですが、今回は共同制作者として、ひきこもり当事者をはじめとする孤立の問題に取り組む方をお呼びし、その方のご事情をモチーフにして一緒に作品制作を行います。渡辺篤はその場合、いわゆる「当事者表現」のための伴走者になれたらと考えています。
  • 作品の権利は基本的に共同著作権となります。

 



 

今回制作をする「修復のモニュメント」シリーズの前身となる作品を紹介します。

共同制作参加ご希望の方は参考にして下さい。

 

MONUMENT 1

 

《Photo Album》

…ひきこもり当事者Tさんと

 

《Photo Album》

2019年、制作:渡辺篤+Tさん

モニュメント:コンクリートに金継ぎ 

助成:アーツコミッション・ヨコハマ、Photo: Keisuke Inoue

 

《Photo Album》

2019年、ビデオ(10分50秒)

出演:渡辺篤+Tさん、映像編集:檜村さくら

文章(原稿用紙): Tさん

モニュメント: コンクリートに金継ぎ

助成:アーツコミッション・ヨコハマ

 

”ひきこもり元当事者である美術家・渡辺篤”と”ひきこもり当事者のTさん”との共同作品。

 Tさんはいじめの被害経験をきっかけにその後10年以上に渡ってひきこもり生活を続けた。僕が対話の中で感じたのは、Tさんは怒りの表明や抵抗をあまり得意とはしない優しい性格だったのだと思う。しかし長いひきこもりの時間の中で、ある時Tさんは、いじめの加害者たちの写真も掲載された豪華で分厚い卒業アルバムを破壊した。その時のアルバムはもうこの世には無い。おそらくその時の行為の意味をTさん自身、まだ迷いの中で受け止め切れてはいないように見えた。

 ひきこもりというテーマについて当事者環境に身を浸して取材や交流を続けていた僕は、様々な当事者会でなぜかよく顔を合わせる男性が居た。物腰が柔らかくいつも丁寧な言葉遣いの人だった。それが後に交流をすることになったTさん。ある媒体でこのTさんがこの卒業アルバムの破壊の経験について手記を書いているのを、私が読んだことをきっかけに共同制作を提案をした。文章は言語化しづらい感情をどうにか客観的に言葉にし始めているという印象を持った。

 それから、Tさんに詳しく記憶の中の卒業アルバムについて情報をもらい、僕がそれをもとにコンクリートで再現をし、その後一旦二人でハンマーで叩き壊したのち、「金継ぎ」修復を進めた。

 Tさんはロックが好きなのだけれど、ロックはまさにカウンターカルチャーだ。怒りや抵抗の表明は必ずしも暴力的でいけないものとも限らない。そして私はアートの歴史自体にもそうした側面があることを知っている。

 Tさんの提案で、壊れた破片を完全に修復し直すということはせず、部分的にかけらをそのまま残すことにした。金継ぎは負の経験を転換させ、ポジティブな価値にすることと言えるが、Tさんの現実は必ずしも経験の全てを価値更新出来たわけでもない。そしてそれが必要とも限らない。もしかしたら、とらわれをとらわれのまま、許せないものを許さないままに残していく部分もあっていいのかもしれない。

 これからも再構築を続けるTさん自身の様子を表す破片も展示台の上に一緒に置いた。

 

<作品の一部としてTさんが卒業文集の形式で原稿用紙に書いたテキスト>

《Photo Album》2019年

テキスト:Tさん

助成:アーツコミッション・ヨコハマ、Photo: Keisuke Inoue

 「卒業に寄せて」

 私は中学生の時に受けたいじめをきっかけに不登校になってから、学校に行っていませんでした。

 卒業式の日は、職員室に親と一緒に行って先生が拍手をする中で卒業証書を受け取りました。「卒業アルバム」をその時にもらったと思いますが、あの恐ろしい学校と同級生の写真を見るのがこわくて開けませんでした。そして高校もすぐにやめて、十年以上のひきこもり生活になりました。大好きな祖母も亡くなり、心がかわきききっている時、 傷つくとわかっているのに自傷行為のように卒業アルバムを開きました。私の中に、 中学校への憎しみは、生きたまま新鮮に保存されていました。

 そして卒業アルバムを殴りました。 豪華で硬いカバーで、右手の拳が痛かったです。何度も何度も殴り、壁に思い切り叩きつけたら、縦に真っ二つに割れました。そして同級生の写真の目を刺し、破り捨てました。”



 

MONUMENT 2

 

《わたしの傷/あなたの傷》

…ひきこもりを支えていた母親と

 

《わたしの傷/あなたの傷》

2017年 、 モニュメント:モルタルに金継ぎ

制作:渡辺篤+渡辺の母

原型制作:Hidemi Nishida

 

…渡辺がひきこもり当時暮らしていた実家(のミニチュア)。1階奥の部分が渡辺の部屋だった。

 

《わたしの傷/あなたの傷》

2017年ビデオ(31分31秒)

出演:渡辺篤+渡辺の母、映像編集:井上圭佑

 モニュメント: モルタルに金継ぎ

助成:アーツコミッション・ヨコハマ

※期間限定公開中

 

現代美術家の息子(私)と母親との合作である。

 昔、私がひきこもっていたときの扉のこちら側で持っていた傷やその痛みの体験は、同時に扉の向こう側の傷にもなっていた。そのことに気づいてしまったことが私がひきこもりを終えた理由のひとつでもある。
 ひきこもって3ヶ月ぐらい経った頃だったか。扉の向こうで1度だけ、助けたいと言ってくれたものの、それから数ヶ月間ドア扉をノックすらしてくれなかった母。次第に怒りが込み上げて、ひきこもった当初のきっかけよりも、その見捨てられたようにも感じられた状況に対し、怒りは小さな部屋を充満させ溢れ出るほどに膨らみ続けていった。しかしある時、どのように関われば良いのか悩み続けて硬直し、扉の向こう側で憔悴しきっていた母の姿を知ることになる。

 この作品では、モルタルで作った渡辺家の家屋のミニチュアを、ハンマーを用いて両者で一旦叩き壊し、その後、当時を振り返る対話や痛みの告白をしながら、2人で修復を試みている。
 私自身が過去に起こった深い傷や、底なし沼のような囚われは、自分以外の誰かの傷に気付くことや、アートにおける発表活動に向き合うことで昇華されていったのだろうと思う。
 囚われは、自分を客観視できたときにその固まったロックを外すことができる。1人で心悩む時にこそ、誰かの傷に傷気づき痛みに寄り添う事で、自分の痛みへの近視眼的な執着心を和らげる。つまりそれは人を救い、また、自分自身をも救うことになる。

 見殺しにされたくない弱い私は、傷ついた誰かの痛みを知る必要がある。誰もが見殺しにされない社会を私は作りたい。

《わたしの傷/あなたの傷》

展示風景(「Absences ー不在ー」N-mark Gallery、2018年)

インスタレーション| ビデオ 

…映像内の対面する2者を俯瞰するこの映像は、テーブル型のモニターで上映され、鑑賞者同士も対面するように対角に座る。

 

《わたしの傷/あなたの傷》

展示風景(「Absences ー不在ー」N-mark Gallery、2018年

インスタレーション



 

MONUMENT 3

 

《ドア》

…アーティスト自身の過去と

 

《ドア》

コンクリートに金継ぎ、塗料

Photo:Keisuke Inoue

展示風景(「黄金町バザール」2016年)

 

今はもう存在しない記憶の中の扉をコンクリートで再生した後、また壊し、そして金継ぎ修復を施した。

 

以下は「アイムヒア プロジェクト」ウェブサイトより引用

ーーーひきこもっていた私にとって、もはや自分自身ではその状況から脱することができなくなっていた頃、頼みの綱は母の存在だった。けれど、母自身による想像を越えた困難には認識が追いつかなかったようで、手をこまねき、当初は「助けたい」と言ってはくれたものの、結果的には何ヶ月も扉をノックすらしてくれない日々が続いた。 やがて私は母からも見捨てられたと感じ、いよいよ一生この部屋から出ずに死んでいくのだと覚悟し始めた。しかし、心の深い底には、僅かながら自然と湧き出る怒りもあったのだ。同じ家の中で社会的撤退を今なお続けている息子を助け出してくれない母に対して、段々と恨みの感情が芽生えていき、ひきこもった当初の、社会への恨みから矛先が意向し、母への怒りも高まっていった。 ひきこもってから随分と月日が経ったある日、私の怒りはいよいよ爆発して、母の居るリビングの扉を蹴破った。「扉はこうやって開けるんだよ!!」と怒鳴った。それは、困窮した息子を放置し続ける、母に対しての必死のアピールのつもりだった。

 しかし、そのことは私の思いに反し、状況をますます悪化させた。物音を聞き付けた父は、家に迷惑物の怪獣が現れ、その悪を成敗するために現れたヒーローかのように振る舞い、とはいえ結局は父自らではどうすることもできず、警察を呼んだ。ーーー

 

《ドア》(部分)

2016年 コンクリートに金継ぎ、塗料

Photo:Keisuke Inoue

 

《プロジェクト「あなたの傷を教えて下さい。」》 2017年(2016年-)

コンクリートに金継ぎ、塗料

"当時、介入してこなくなった母に対して怒りが募り、

数ヶ月間ひきっこもっていた部屋を一旦出て、居間の扉を蹴破った。

「扉はこうやって開けるんだよ!」 と怒鳴った。”



 

 


助成:アーツコミッション・ヨコハマ(横浜市芸術文化振興財団)